1.ジャングルの幸せな夜           

対岸が見えない大河の港から小型船に3時間余り揺られてその場所に到着したとき、赤道直下の日はすでに暮れて漆黒の闇の中であった。「何の音も聞こえぬ静寂の中」と続けたいところであるが、その場所は予想だにしない80ホーン以上もあろうかという陽気な音の洪水に包まれていた。到着地には港が在るわけでもない。今日宿泊するホテルがただ1軒、アマゾンのジャングルの中にぽつんと佇んでいるだけなのだ。そうは言っても、見えるのは真っ暗闇の中に浮かぶわずかな窓の光とその中を動く人の気配だけ。ホテルの姿すらはっきりと窺い知ることができない。

それにしても、延々と繰り広げられるこの途方もない音のシャワー!ジャングルのオーケストラ! 恐らくカエル、昆虫、鳥、そして獣たちなどが一斉に鳴いているのだろうが、それは日本で聞かれる繊細とも言える自然の音からはまるで想像できない、圧倒的な地球、熱帯のパワーとしか言いようのない代物である。とにかく音の種類が信じがたいほど多様で、またそのボリュームが生半可では無いのだ。

始めて踏み入れたアマゾンのジャングル。そこでの予想を遥かに超えた大自然のオーケストラの出迎えほど、からだの髄に染み透るほど大きな喜びを私に与えてくれたものは後にも先にも無かったのである。もちろんこれには個人差もあるようで後で同行のメンバー達に聞いても同じような感動を共有していた様子が見られなかったのだが・・・

サルの侵入除けの荒い網戸しか隔てるものの無い樹上ホテルの部屋の中、現地の木材で作ったベットに横たわりながらこの音の洪水、うねりにゆったりと身を委ね、身を浮かばせていると、あっという間にゴージャスな幸福感に満ち足りた眠りの世界へと引き込まれてしまうのであった。

そして、都会生活では考えられない心地よい目覚め。翌朝5時半に起き出すと、立ち込める朝霧の中で現地材の中空デッキに結ばれた手作り風の樹上ホテルと周囲のジャングル、入り組んだ水面が白みはじめている。そして外は昨夜とは一変して、美しい鳥のさえずりが遠くから微かに聞こえてくるだけの静寂に包まれているではないか。あの喧噪のオーケストラを奏でていた動物たちはいったいどこへ行ったのだろう。この地では昼と夜がまるで逆転していて、動物たちはこれからみな深い眠りに着くというのだろうか。