鼻すすり

私事で恐縮だが、どうも自分の鼻の通りは他人様に比べて悪いような気がする。仕事場である東京都市部における長年の空気汚染の影響でアレルギー性鼻炎が慢性化しているのが原因であるとずっと思っていた。気を付けていないと息を吸うたびに小さな空気音が鼻から出てしまうことがよくある。周囲からいやな顔をされるほどの事ではないので長い間あまり気にしないでいた。

ところが、海外、特にヨーロッパに行くと事情が少々違ってくる。どうやら欧米人はこの鼻すすりの音に痛く神経質らしいのだ。ヨーロッパ出張の帰りの飛行機内でのことである。隣席に座っていた何とも行儀の悪い若いカップルが、突然こちらに紙ナプキンを差し出してきた。「鼻をかめ」という意味らしく実にくやしい思いをした。

別の機会にチェコ、プラハ城でのクリスマスミサに知り合いが連れて行ってくれた時、城内のひどい寒さでついつい鼻をすすっていたら、隣りのチェコ人らしき中年女性から強い視線で何度も咎められ、肩身の狭い思いをさせられた。

こうした海外の事情に比べ、日本人はこの鼻すすりに関しては実に寛大な民族であると言えよう。冬のコンビニなどで妙齢の女性が鼻をずるずる繰り返しすすりながら買い物をしていたりするのも珍しくない。こんな時には「ヨーロッパに行った時には鼻すすりに注意した方がよいですよ」と親切に教えてあげたくなったりする。

再び私事で恐縮であるが、毎年健康診断のたびにコレステロール値が高いとしつこく注意される事があり、それでは頭の中の血管は大丈夫か確かめてみようと思い立った。脳とその周辺の血管をMRIMRSで調べてもらったのだが、最近の病院の情報化はめざましく、30分後にはお医者様が断層写真を示しながら検査結果を解説して下さった。

幸い年齢相応、特に異常はないとの診断で大いに安心したのであるが、頭の正面からの画像を見せられた時にとんでもない発見をした。普段の顔の外観からは分らなかったのだが鼻骨が何だかS字状に曲がって見えるのである。ビックリ仰天「先生、鼻が曲がっています!」と脳検査とは関係のない悲鳴が咄嗟に口をついて出てしまった。

先生からはごく無造作に「日本人には多いんですよねえ、こういう人。」という答えが反ってきたのである。そうだったのか。これを聞いた時、これこそが自分の鼻がいつもすっきりしない理由、日本人が「鼻すすり」に寛大な理由だったのだと一人合点が入って、実にすっきりした気持ちで病院を後にすることができたのである。

ただし、残念ながら私の鼻がすっきりしないのは今日も変わりがない。